リスク管理てなんだろう

勇気を奮って親知らずを抜歯しようと決意しても、そう簡単にいかない場合があります。白い矢印が親知らずです。

 

CT写真のように、親知らずの根が、下顎管を圧迫しています。根と下顎管との間には、約0.6ミリ程度の間隙があり、薄い骨があります。

下顎管には動脈が入っています。さらに、動脈表面には、網目状に取り囲むように、神経(下顎神経)があります。

このような抜歯の際には、動脈や神経を傷つけてしまうリスクがあるのです。傷つけてしまえば、出血します。動脈からの出血ですから、すぐには止まりません。血管を巻き込んで、伸びた状態で切れたとしたら、血管の断端を見つけることは至難の技となります。止まったように見えて、術後出血のため気管を圧迫する場合もあるのです。当然入院し全身管理が必要になります。また、傷つけなくとも、神経に近接しただけで、下唇の半側の感覚が鈍くなったり、なくなってしまったりします。麻酔がとっくに覚めているのに、下唇の半側だけは、麻酔がかかっている感覚です。

このような知覚鈍麻な症状は2,3日でとれる場合もあれば、治るのに数か月かかる場合もあります。

このような不幸な事件は、日本のどこかで、毎年、必ずおこっています。大学でおこる場合もあれば、個人の診療所でおこる場合もあります。訴訟に発展する場合もあるでしょう。

このようなリスクがあるため、技量を持った先生でも、開業医の場合「親知らず」をぬきたがらないのです。

では、このような難しい親知らずを、大学の先生ならいとも簡単に抜けるのでしょうか。そんなことはありません。なぜなら、私も若い頃そういう場に身を置いていたからです。その当時は、得意がって、怖いもの知らずに、抜歯しておりました。問題がおこることはありませんでしたが、それはただ幸運だっただけだろうと思います。

建物の大きさ、人の多さで判断してはいけません。

私の近くの病院口腔外科では、入院をすすめます。入院していただき、外来手術(抜歯)をおこなったり、場合によっては全身麻酔下で抜歯をおこなうようです。こうすることで、患者さんの全身管理が容易になり、不測の事態に対応できます。危険な場合には、後で症状が出ない程度に抜歯を中止することもできます。

また、病院にとってみれば、入院という経済的採算性も計算でき、かつ医局員の教育の場としても、有意義です。病院歯科では、このようなリスク管理を行うことで、経営的にも、教育的にも意味のある治療となるわけです。勿論患者さんにとっても有益です。

開業医である私の場合のリスク管理はどういうものでしょうか。それは親知らずの位置関係を積極的に改善し、安全を担保してから抜歯しようというものです。

 

この症例では約6週間ゴムで引っ張ることによって、下顎管から、歯根が離れていきました。こうして安全に親知らずが抜けるわけです。

こうして、この方は何の不快症状も出さず抜歯することができました。

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